お知らせ

Nさん(University College London , Linguistics(International Programme) / Kingswood School出身)

2年間のパブリックスクール、そして4年間の大学が終わり、私の6年間の留学生活が終了しました。今回のレポートでは、大学4年生の最後の1年間について、そして6年間のまとめをご報告させていただきます。

私の所属するUCLのLinguisticsでは1年生から卒業まで毎年取らねばならない授業数が固定されており、毎年勉強量は増加していきます。4年生の前期には

・Bilingualism and second language
・Pragmatics in a social context
・Advanced semantic theory

の3つの授業を履修しました。中でも印象的だったのは、Advanced semantic theoryにおけるエッセイ課題です。この課題では、自分の母国語以外で話者が少ない言語を一つ選び、その中で未だ研究されていないsemanticsの事象についてその言語の話者に対して自分で調査を行う必要がありました。私は友人のマレーシア人に協力してもらい、マレー語を用いて単語の複数形の意味を説明するセオリーに反論するエッセイを書きました。

「複数形」とはどう働くのかという命題に対し、英語など多くの言語の複数形は意味として本来ニュートラルであり、単数形とのcompetitionによって初めて「2つ以上」という複数の意味を持つというalternative based approachが現在主流となっています。しかし、マレー語(そして日本語の一部)は複数形ではない状態の単語(bare noun)がむしろニュートラルな意味を持ち、厳密な単数を意味しないにもかかわらず、その繰り返しによって作られる複数形は英語の複数形と同じように働きます。日本語で例えると、「星」という単語は英語の「a star」と異なり厳密に「一つの星」を示すわけではありません。しかし、その繰り返しで作られる複数形「星々」は英語の「stars」と同様に一般的な肯定文では「2つ以上の星」を表し、逆に否定文ではその意味を失います。例)I didn’t see any stars last night/私は昨夜星々を見ませんでした。どちらの文も、「2つ以上の星を見なかった」という意味ではなく、「1つも星を見なかった」ということを表しています。つまり、starsも星々も「2つ以上」という複数の意味を失い、ニュートラルな意味を持っているということです。しかし、日本語の一部、そしてマレー語のほとんどの単語には厳密な単数形が存在しないことからalternative based approachは全ての言語を説明しうるわけではないと反論できます。

このエッセイ課題を含め、全ての授業や課題を通してしばしば実感したのは、UCLの言語学部が基本としているUniversal grammar(全ての言語は普遍的な文法で説明できるとする理論)への疑問、そして授業で扱う言語の偏りです。Semantics やpragmaticsの授業内で扱われる言語はやはりヨーロッパのものがメインで、そこに日本語や中国語などメジャーな他言語の例が時折取り上げられる形式がほとんどでした。また多くの教授が白人、主にイギリス人であり、マイナーな言語に対する知識も調査も限られている中で行われる授業にはやはり偏りを感じざるを得ず、アジア人の友人の多くも同様に感じていました。全ての言語を含めた研究など不可能な中でUniversal grammarを支持し、それを基本に全ての授業が行われていた点においてはやはりヨーロッパ中心主義の印象を受けます。実際に、私の限られた知識とリソースでさえ現状のヨーロッパ言語を元にしたセオリーの欠陥を見つけることができ、またクラスメイトの母国語には全く当てはまらないセオリーを普遍文法の一部として授業で紹介され、それを指摘してもあまり教授が取り合ってくれないということもありました。
UCLの教授はレベルが高いのは事実ですが、このUniversal grammarベースの言語学自体がヨーロッパ言語中心でないと成り立たず、その中でUCLのレベルが高いとはいえアジア系の学生、またマイナー言語の話者にとってはそのアプローチ自体に疑問を持つことも多い学部・学問だったとも感じました。それも含めて、特に言語学という分野は多言語・多文化の環境下で学ぶことに大変意義がある、ロンドンで学ぶ意味を強く感じる学問だったなと改めて感じます。

後期には、

・Linguistics of sign language
・Issues in pragmatics
・Sociolinguistics

の3つの授業に加えて卒論に取り組みました。

Linguistics of sign languageでは手話にも同じようにlinguisticsがあることを学び、また他の授業とは全く異なる言語であったため非常に面白かったです。また、今年は課題のほとんどが2500~3000wordsのエッセイであったため、それらと並行して卒論に取り組むのが大変でした。卒論は「音楽の学習・能力は第二言語の習得に影響するのか」をテーマに過去の文献を読み込み、自分なりの結論とそれらのlimitationをまとめました。ほぼ全ての課題の提出時期が重なっていたので3月〜4月は毎日パソコンと向き合う日々でしたが、無事終了することができてホッとしています。

今年は勉強に加えて現地でのアルバイト、そしてスペイン・スイス・アムステルダムでの旅行なども満喫することができ、一年を通して非常に充実したものとなりました。またこれまでの6年間の留学生活を通して、私は日本に住んでいたら確実に出会えなかったような多くの国の、多くの才能や個性をもった人々と出会い、共に成長することができました。私が留学を決めた一番の理由であった、言語も文化も経験も自分とは異なる様々な人に囲まれた環境で学びたいという思いは、留学前に期待していた以上の多様性の中で存分に叶えることができました。今後は社会人として、これまでの6年間で培った経験を存分に活かして日本へ還元できるような仕事、そしてこれまでお世話になった方々への恩返しをしていきたいと思います。Tazaki財団一期生として貴重なチャンスをいただき、また6年間沢山の支援をいただき本当にありがとうございました。